こんなん書きました。

日々の雑感をつらつらと。あるいは手に入れたアイテムのオススメなポイント、運用方法などをご紹介してみたり。

唐突に2023年振り返り。「コタローは1人暮らし」

もうだいぶ経っているけれど。
昨年、「コタローは1人暮らし」がコミックス第10巻をもってついに完結を迎えた。

コタローは1人暮らし(10) (ビッグコミックス)
最後まで「好きになれない人がひとりも出てくることがない」まま、物語は見事に幕を閉じた。
本編最終話はなんとかこらえたのだが、描き下ろしの追加エピソードに負けた。
これは泣く。
 主人公の狩野は30代半ばでありながらなかなか芽が出ない、しかし受賞歴を持つ漫画家。
その狩野が住む風呂なしアパートの隣室に、ある日、コタローと名乗る少年が越してくるところからはじまる物語だ。
4歳児とは思えないほどしっかりし、タイトル通りに未就学児でありながら、親もなく一人暮らしをはじめるコタロー。
そのコタローにはいくつものちょっと変わったところがある。
なぜコタローは高級ティッシュペーパーを使うのか。
なぜコタローは何紙もの新聞を取り続けるのか。
なぜコタローはアニメ番組の主人公である「とのさまん」を真似た“殿様語”で話すのか。
物語が進むにつれ、こういったコタローのあれこれとともに、コタローが一人暮らしをはじめるに至った経緯が、少しずつ、ほんの少しずつ明かされていく。
原作について言うならば、はじめの頃はちょっとあざとさが目についたりもする。
けれど、そこは好みもある部分だろう。
きちんと伏線を畳んだ、悪くないエンディングだった。
この作品は実写ドラマにもアニメにもなっていて、奇跡的なことに、それらどっちもがよくできている。というか、むしろアニメよりも実写ドラマのほうが数段素晴らしい。
これはもう、ひとえに配役の勝利。
漫画家としてまだ芽は出ていないが、担当編集者から物語の構成力だけはほめられる漫画家の狩野というキャラクターを演じているのは、関ジャニ∞横山裕
ぜんぜんアイドルに見えない顔立ちなのだが、この人がホントにはまり役なのだ。
強くありたいと願うコタローに友達のように、でもあくまでもおとなとして接し、見つめ、そしてコタローの行動が持つ意味に「気づく」。そんな狩野を横山は好演している。
実写版はシーズン2として「帰ってきたぞよ!コタローは1人暮らし」も作られ、こちらもおもしろい。
しかし、主人公を演じる子役・川原瑛都くんが成長してしまってコタロー役に無理が出てしまっているのが惜しい。
想像力というフィルターでシーズン1当初の姿を重ね合わせて映像を観るという観客側のスキルが問われる作品になってしまっているのがなんとも残念だ。
倫理的な面など技術以外のところにこそいろいろ難しい問題を抱えている気はするが、今後、AIによるCGがこうした時間の経過という不都合を覆い隠していくことになるのかもしれない。

【実写ドラマ版】
「コタローは1人暮らし」-Netflix
【実写ドラマ版・シーズン2】
「帰ってきたぞよ!コタローは1人暮らし」-Amazon PrimeVideo

【アニメ版】

ルー・リードとビロード革命。 ~『映像の世紀バタフライエフェクト「ヴェルヴェットの奇跡 革命家とロックシンガー」』~

ちょこちょことCATVのSTBにつないだHDDの整理とバックアップを進めている。
「こんな番組が放映される」というネットの情報に触れたときに、何か引っかかるものがあれば、いつ見るとはなしに録画予約をする、ということを続けていて、気づけば30くらいの番組がHDDにたまっていた。
どうでもいい話だが、録画に使っている2.5インチのHDDは、PS4 Proから外したもの。USBの外付けケースに入れてこれを録画用としているわけだ。
2.5インチのHDDはUSBのバスパワー、5V1Aで駆動するから別途電源を用意する必要がなく、配線がシンプルになってよい。
録りだめた番組は音楽のコンサートを収録したものが多いのだが、なかにはいくつかドキュメンタリーも混じっている。
そのひとつが、これ、『映像の世紀バタフライエフェクト「ヴェルヴェットの奇跡 革命家とロックシンガー」』だった。

https://www.nhk.jp/.../ts/9N81M92LXV/episode/te/WKRMK8NPRK/

プラハの春も、ビロード革命も、学校の授業ではなく、小説を中心としたいろんな著作物などを通してうっすらと、本当にうっすらと知ってはいたけれど、その背景にルー・リードのバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドがここまで大きく影響していたとは。
きっかけは後のチェコスロバキア大統領、さらにチェコ共和国初代大統領にも就任する劇作家のヴァーツラフ・ハヴェル
彼が書いた戯曲『通達』が1968年にニューヨークで上演されることになり、訪問していたアメリカからヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムを買って帰ったことに端を発するのだそうな。
ハヴェルが持ち帰ったヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムはチェコスロバキア国内でコピーされまくったという。
ゲイであることを公言していたルー・リードが書く自由に満ちた曲の数々は、プラハの春ワルシャワ条約機構軍を介したソ連の軍事侵攻によって潰えて以降、共産主義体制下で抑圧されていたチェコスロバキアの若者たちを魅了。
「プラスティック・ピープル・オブ・ザ・ユニヴァース(The Plastic People Of The Universe / PPU)」という反体制派を象徴するようなバンドも生み出した。
ハヴェルやPPUのメンバーは当時の政府に逮捕されたりしながらも表現の自由を勝ち取るための活動、人権運動を止めなかった。
こうしたアンダーグラウンドな活動が結果的にビロード革命へと繋がっていくのだな。
大統領となったハヴェルは革命の翌年である1990年、アメリカの雑誌からインタビューを受ける際にインタビュワーにルー・リードを指名。ハヴェルがヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムをチェコスロバキアに持ち帰ってから20年あまり。ここではじめてリードは自分の音楽がチェコの革命に一役買っていたことを知ったそうだ。
ハヴェルとリードは終生交遊を深め、1998年にハヴェルがホワイトハウスへ招待された際には晩餐会においてリードの演奏をリクエスト。これに応えてリードはホワイトハウスで自分たちの曲を演奏したとのこと。
この辺りのやり取りはクーリエ・ジャポンにもまとめられていた。
無料のID登録さえ済ませれば全文を読むことが可能だ。

courrier.jp


日本語でいうビロード革命は、英語では「Velvet Revolution」。
起点となった軍事介入等を除けばほぼ無血でビロード(ヴェルヴェット)のように滑らかに成就した革命、というのがこれまでの知識だったが、番組内で明言こそされていないけれど、その名称にはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの存在もなかば直接的に影響してたわけだな。
おもしろかった。
こういう番組を作れるところがやっぱりNHKのスゴさであるよ。
受信料を払っていることを満足させてくれる、こういう番組を作り続けて欲しいなぁ。

釣りと料理の共通点。プロセスを楽しむということ。

シェアした先で「料理を好きな釣り師は信用できる」と書いてあるけど、全面的にそれを肯定することが私にはできない。
釣りを通じて知り合ったなかで私がもっとも、というか、唯一軽蔑している人物はイタリア料理店のオーナーシェフなんだよね。
ま、例外中の例外がたまたま、という不幸なケースじゃないかという自覚はある。
 
それはともかく。
キャッチ&リリースしかしないってケースでも、私の周囲を見回してみるに、釣りを楽しむ人は料理ができるケースがそもそも多い気がする。
料理ができるかできないかで言えばできる人ばっかりだ。
外遊びのときには自分のご飯くらいなんとかできなたほうが、楽しみが増すこともあるしね。
釣り友達の大半は料理ができる。これには釣りも料理も楽しさの構造がとても似ていることが大きく影響していると思う。

釣りたい魚、シチュエーションを想像して道具を買い揃える。
釣行日程を立てる。
季節や天候、場所に応じた道具を用意する。道中の空を見上げて1日の天気を推し量る。
釣り場の状況に合わせて仕掛けや糸の先に結ぶ毛鉤、ルアーを選ぶ。
釣れたら釣れたことを喜ぶ。
釣れたパターンを考えて、さらに釣果を伸ばす方策を考える。
釣れなかったら帰り道、「なぜ釣れなかったか」を考え、「次はこう対応しよう」と策を練る。
道具の後片付けをする。あるいは後片付けは先延ばしにしてふて寝する。

釣りって遊びを乱暴に分解してみるとこんな感じだろうか。
こうして並べてみれば明らかなんだけど、釣りって遊びはただひたすらにこれらの繰り返しであり、私ら釣りを楽しむ人はたいていがこれらひとつひとつの要素をどれも楽しんでいる。

釣れないよりは釣れたほうが楽しいのはもちろんだ。
しかし、釣りという遊びにこれから染まっていく初心者ならともかく、ずっぽりと首まで浸かった人間にとっては、「釣れたかどうか」は一連のルーチンにおけるほんの些細な分岐条件のひとつに過ぎない。そもそもが、だ。プロセスを楽しめない人は、結果の如何で継続性が左右される。「釣れないからやらない」って人は「趣味は釣りです」と言えるほど、釣りという遊びを長く続けない。結果の如何に関わらず、過程と、さらには結果が出た後に楽しみを見出した人だけが釣りを趣味としていくのであるよ。もっとも、私の周りには釣りの合間に仕方なく人生を送っているような人ばっかりな気がしないでもない。はたしてそれらの人にとって、釣りを「趣味」と呼んでいいのかどうかは大いに疑問の余地がある。

話がそれた。

料理って行為を考えてみるに、けっきょくは出口に「食べる」というクライマックスが待つ、プロセスを楽しむ行為なのだと思う。
食べたいもの、作りたいものを考えて材料を揃えるところからはじまって、食べるという行為でいったんは完結。うまくいったらそれを喜び、失敗したら反省を次に活かすことを考える、というループを楽しむわけだ。
もちろん「家族のため」とか、あるいは「仕事」としてとか、「義務」として「やらされている」ために、「楽しみなんてひとつも感じない」っていう人はいるだろう。
そういったケースを除いて考えるなら、「失敗したからやめる」と思わない人は、釣りと同じように結果の如何に左右されず、「できるまで続ける」。
料理をする人、できる人は、やっぱり「プロセスを楽しめる人」なのだと思う。
 
そういえば、自身を「料理をしない人」と称していながら、1万6千円以上、専用の蓋をつければ約2万円という超高級なフライパンの購入をずっと悩んでいる人がいる。
れはもう立派に料理という行為に楽しみを見出している「料理をする人」だと思うのだが。
考えてみると、その人は釣りこそしないがやっぱり「ものをつくる」というプロセスを楽しむ趣味を持っている。
もちろん「プロセスを楽しめる人」だからとすべてが釣りや料理を楽しいと思うかは別の話ではあるけれど、傾向に大きく影響することは間違いないんじゃなかろうかね。

LTVって言葉、知ってる?


LTVとは、Life Time Valueの略で、日本語では顧客生涯価値、みたいな言葉が当てられている。
その人がそのサービスを使い続け、ユーザーでいるあいだに得られる価値、みたいなこと。
ナニゴトにおいても「選択肢が腐るほどある」のが現代の特徴で、エンターテインメントだけでなく、あらゆるものが「顧客の持つ有限の時間を奪い合う」のと「選択してもらう」ことを至上命題としている。
「選択肢が多い」ということは「選んでもらう」ことの難しさにも繋がっていて、何を選んでも大して変わらない、とか、選択肢がありすぎて存在に気づいてもらえない、みたいなことが往々にして起こりがちなのだ。
 
であれば、だ。
選ばれたからにはきちんと顧客に楽しみなどの利益を与え、ずっと使い続けてもらうことが、結果的には利益の確保という点でより効率的、という話が生まれてくることは半ば必然と言える。
ユーザーとしての経験が豊かであれば、それは良質の口コミを生んで、新規顧客獲得にもつながっていき、数ある選択肢のなかでの差別化を生み、最終的には「選んでもらえる状況」につながっていくからね。
 
「顧客を飽きさせないよう、お金を払うに足ると思える体験と刺激を提供し続ける」ことは今後、今まで以上にとても大事なことになっていくと私も思う。

ちなみに、LTVと同じような考えで掴んだエンジニアをどれだけ長く囲い込めるかに注力してるのが、パールアビスジャパンというゲームメーカー。

■■――
【パールアビスジャパンの福利厚生(一部)】
食費支援
誕生日お祝い金
歯科治療支援
不妊夫婦支援
家事掃除支援
養育支援金
 たとえば専用供給業者が週に2回も新鮮な野菜やフルーツをオフィスに届けてくれる“パントリー運営”や、入れ歯やインプラントまで含んだ“歯科治療費支援“、ひとり暮らしの未婚社員が部屋の整理や掃除をプロに頼める“家事掃除支援”などなど。その項目数は軽く10を超えていた。
『黒い砂漠』運営会社は福利厚生の鬼。不妊治療支援やお小遣い制度があるパールアビスジャパンの戦略と社風を代表に訊く「優れた発想は安定した生活から」
――■■
 
社内の事情に直結しすぎてて書けないものとかがあって、ここに挙げたのはごく一部。「働き続けることのメリット」を最大限に活かすため、結婚、出産、幼稚園や保育園への入園、小中高大学への入学・進学など、人生の節目節目に会社がお祝いを出すのだ。同時に家事支援、食事支援といった、単身者へのサポートが手厚いのもスゴい。

パールアビスジャパンとは逆に、そういう点で昔からちょっとどうかと思っているのが携帯電話会社の施策。

新規顧客獲得のために「入ってくる人」に対するオマケは大盤振舞だけど、長期のユーザーに対するリターンがあまりに少ない。
サブとしてドコモやSoftBankUQなどほかのキャリアと契約したことは何度もあるけど、メインの回線はtu-kaからはじまってそのままauと使い続けてきている私の実感として、使い続けるメリットを提供するといった、「一度掴んだ顧客を奪われない努力」があまりにおろそかになってないかなぁ、と強く思うのだ。
それでもここ10年でだいぶマシになった気はするけれど、マシになってコレか、とも思ったり。

LTVって言葉、知ってる?


LTVとは、Life Time Valueの略で、日本語では顧客生涯価値、みたいな言葉が当てられている。
その人がそのサービスを使い続け、ユーザーでいるあいだに得られる価値、みたいなこと。
ナニゴトにおいても「選択肢が腐るほどある」のが現代の特徴で、エンターテインメントだけでなく、あらゆるものが「顧客の持つ有限の時間を奪い合う」のと「選択してもらう」ことを至上命題としている。
「選択肢が多い」ということは「選んでもらう」ことの難しさにも繋がっていて、何を選んでも大して変わらない、とか、選択肢がありすぎて存在に気づいてもらえない、みたいなことが往々にして起こりがちなのだ。
 
であれば、だ。
選ばれたからにはきちんと顧客に楽しみなどの利益を与え、ずっと使い続けてもらうことが、結果的には利益の確保という点でより効率的、という話が生まれてくることは半ば必然と言える。
ユーザーとしての経験が豊かであれば、それは良質の口コミを生んで、新規顧客獲得にもつながっていき、数ある選択肢のなかでの差別化を生み、最終的には「選んでもらえる状況」につながっていくからね。
 
「顧客を飽きさせないよう、お金を払うに足ると思える体験と刺激を提供し続ける」ことは今後、今まで以上にとても大事なことになっていくと私も思う。

ちなみに、LTVと同じような考えで掴んだエンジニアをどれだけ長く囲い込めるかに注力してるのが、パールアビスジャパンというゲームメーカー。

■■――
【パールアビスジャパンの福利厚生(一部)】
食費支援
誕生日お祝い金
歯科治療支援
不妊夫婦支援
家事掃除支援
養育支援金
 たとえば専用供給業者が週に2回も新鮮な野菜やフルーツをオフィスに届けてくれる“パントリー運営”や、入れ歯やインプラントまで含んだ“歯科治療費支援“、ひとり暮らしの未婚社員が部屋の整理や掃除をプロに頼める“家事掃除支援”などなど。その項目数は軽く10を超えていた。
『黒い砂漠』運営会社は福利厚生の鬼。不妊治療支援やお小遣い制度があるパールアビスジャパンの戦略と社風を代表に訊く「優れた発想は安定した生活から」
――■■
 
社内の事情に直結しすぎてて書けないものとかがあって、ここに挙げたのはごく一部。「働き続けることのメリット」を最大限に活かすため、結婚、出産、幼稚園や保育園への入園、小中高大学への入学・進学など、人生の節目節目に会社がお祝いを出すのだ。同時に家事支援、食事支援といった、単身者へのサポートが手厚いのもスゴい。

パールアビスジャパンとは逆に、そういう点で昔からちょっとどうかと思っているのが携帯電話会社の施策。

新規顧客獲得のために「入ってくる人」に対するオマケは大盤振舞だけど、長期のユーザーに対するリターンがあまりに少ない。
サブとしてドコモやSoftBankUQなどほかのキャリアと契約したことは何度もあるけど、メインの回線はtu-kaからはじまってそのままauと使い続けてきている私の実感として、使い続けるメリットを提供するといった、「一度掴んだ顧客を奪われない努力」があまりにおろそかになってないかなぁ、と強く思うのだ。
それでもここ10年でだいぶマシになった気はするけれど、マシになってコレか、とも思ったり。

Facebookのノートからサルベージ

Facebookの「ノート」が2023年11月に一斉に削除されるそうで、そこからサルベージしたものをここにアップしてみることにする。
もともと2013年11月26日に個人のウォールに書いたものをノートにアップしたものだ。

【亡父の十三回忌を前に。】

 

12月の中旬に亡父の十三回忌を執り行うことになった。

もうそんなに経つのか、という思いが強い。

 

実際に亡くなったのは1月13日、だったかな。

あれはその年初めて編集部での作業へ出向いた日で、担当編集者たちの打ち合わせが終わるのを一人待っているときだった。

携帯電話に妹からの着信があった。

「お兄ちゃん、どうしよう? お父さんが動かないの」

 

 

父は亡くなる何年も前に癌を患い、半年のあいだに3度ほどの手術を経験。以降はめっきり体力も落ち、2階の自室へ上がるのも厳しく、1階にベッドを運んでそこで生活していた。

認知の症状も出はじめ、ほぼ家から出ない生活。

母はその頃、立ち上げた介護関係の仕事がかなり忙しく、留守がちで、妹がときどき顔を出し、日中の様子を見るという状態だった。

妹は私より先に結婚して家を出てはいたものの、実家から徒歩で2~3分という近所に住んでいたのだ。

 

 

「なんか死んでるみたい。どうすればいい?」

文字にすると平坦だが、涙混じりと思われる震えた声には、強い動揺が現れていた。

私が伝えたのは、救急車を呼べ、ということ。

蘇生の可能性があるにしろ、すでに手遅れであるにしろ、その後のあれこれも含めて、救急車を呼ぶことですべてを“慣れたプロの手”にゆだねられる。

 

わかった、と妹は電話を切ったのだが、問題は私のほうだ。

編集部の全体会議で、伝言を残すにも編集部員がひとりもいない。

メモを書き残しておけばよかったのだが、私も内心、かなり動揺していたのだろう。

担当編集者たちが戻るのを、ただじりじりとしながら待っていた。

結果的に編集部を出たのは2時間近く経ってからだった。

 

 

これが父が亡くなったあの日の思い出。

聞けば妹が到着した時点で亡くなってから数時間が経過していたそうだ。

実のところ、私と父は非常に折り合いが悪く、最後に顔を合わせてから、確か1年ほど、いやもしかしたら、もっと長い時間が経っていた。

今にして思えば何がそんなに許せなかったかと疑問な部分もないではないし、ほかにやりようもあった気はする。

しかし、それはこれだけの時間が経過したからこそ思えることであって、当時としては、距離を置くことだけが関係維持への精一杯の努力だった。

今でもふとした瞬間、あのときの電話で聞いた妹の声が脳裏によみがえることがある。法事の日程が決まった、と母からの連絡を受け、ひさびさに当時のことを思い出した。

 

(2013年11月26日)

 

「知りたい」と思う子どもにやさしいおとなは少なくない。

Togetterのこのまとめが後に書く自分の思い出と重なって、ちょっと刺さった。

togetter.com

このまとめからさらに安久工機のまとめに飛べるようになってるけど、そっちもまたいい話だ。
1980年、に、なる、のかな? 昔すぎてよくわからん。
小学校5年生のときに夏休みの自由研究として、山手線一周をした。
中学までの9年間で、夏に限らず唯一、答えを見たりあとから書くみたいなずるもせずにちゃんとこなした宿題だから、いくつかの場面は今でも強く覚えてる。
 各駅で降りて、その近くにある施設やなんかの由来を調べて画用紙にまとめていく、というのが、その内容。
たとえば池袋なら開業してそう時間が経ってないサンシャイン60の展望台にのぼったり、鶯谷では七福神巡りをしたり、浜松町ではお手軽にホームのしょうべん小僧を紹介したり。
田端かどこかも駅前になんかの像があってそれ選び、傍らの説明を写してお茶を濁した気がする。
神田は交通博物館だったかな。
で。
もちろん当時から電気街はあったけど、「街」ってのが漠然としすぎてて、どうまとめるかに悩んだ。とても悩んだ。
その結果、別のものを取り上げることにした。
今では「おとな」でも覚えてる人が少ない気もするが、秋葉原には当時、今のUDXがある場所に神田青果市場があってそこへ向かったのだ。
いきなり出向いてそこで働いてる人をつかまえて、「この市場の由来を知りたいんですけど、どこで聞けばいいですか?」とたずね、事務所の場所を教えてもらった。
こうやって誰かに何かを聞いてそれをまとめるようなことをした駅はほかにもあったけど、事前に電話で問い合わせるようなことはせず、ぜんぶ行き当たりばったり。
だってサンシャインみたいな特別な例を除いたら、駅を降りてみないとなにがあるかわかんないんだもの。
教えてもらった市場の事務所は小学校の職員室みたいな雰囲気で、でもそれよりかなり狭かったように覚えている。
そこにいた職員の人に、自由研究で山手線を一周してること、秋葉原では青果市場を題材に選んだことを改めて伝え、由来などを教えてほしいとお願いした。
事前の連絡もなくいきなりの訪問だったにも関わらず、みんないやな顔ひとつせず、それどころか、なぜだかえらく歓迎ムードなうえ、いろんな話を聞かせてくれたよ。
帰りにはメロンだとかなんだとか、持ち帰るに無理がない程度にたくさんの果物までもたせてくれて。
釣り友達で富山で教職に就いている本村さんが、子どもたちにメディアのことを教えるにあたって、Zoomで授業に参加して欲しいと持ちかけてきたのは、2年くらい前かな。
あんまり参考になる気はしないけど、ゲームライターって肩書きは子どもたちにキャッチーだろうと思うし、本村さんの頼みだし、快く引き受けさせていただいた。
たぶん、どこか頭の片隅で、あの夏の思い出も大きく影響してたんだと思う。
あのときの「取材」では青果市場だけじゃなく、ほかの場所でも誰かに何かを聞いて邪険にされた記憶はない。
「知りたい」と思う子どもにやさしいおとなは少なくないのだ。
かくいう私もあの夏に受けた恩を返せる機会がもし今後もあるとしたら、できる限りのことはしたいと思ってる。